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でもどうしても忙しすぎて更新ができない・・・。
アクセス数激減、一日に全くアクセスが無い日もあるくらい。
なんとか更新したい、なんとか・・・。
漫画という文化は非常に特殊だ。 “映画” と言えば万国共通で、例えば「映画が好き」と一言で言っても邦画?ハリウッド映画?フランス映画?など色々と問われる。 しかし、“漫画” というとイコール日本の漫画、ということになることに反論はないだろう。 アメリカにも漫画はあるが、敢えてアメコミと呼ばれ、完全に区分されている。 アメコミはカラフルで画の質も悪いわけではない。 しかし、つまらない。 それはなぜだろうか。 私の考えでは、一番はキャラクターの感情表現と躍動感の乏しさだと思う。 コマ割りも、未だにパラパラ漫画的なものが少なくない。 日本の漫画は、それまで1ページ8コマ均等に分けられ、右上から一コマずつ下へ読み、左上に移動し更に下へ降りていく、というコマ割りであった。 それを手塚治虫が自由な構図と時にコマ割りを破ってしまうという新しい手法を用いた事によって、劇的に変化した。 今ある漫画に慣れてしまった私たちは、その素晴らしさを当時の人ほど味わえないだろう。 (もっと知りたい方は藤子不二雄A 『まんが道』を参照してください。) これから先、漫画=日本の漫画 という認識は変わらないだろうし、常に世界のトップを走るだろう。 これは、高度経済成長時代の日本の自動車と同じだとは思えないだろうか。 私は日本の漫画業界(やアニメ業界)は、もっと真剣に対国外需要に目を向けるべきだと思う。 そこに多くのビジネスチャンスが潜在していると思えるからだ。 各国の倫理観の違いなどから、難点も多いかもしれないが、今の状態、つまり数多くの海賊版の容認やP2Pでの配布状態の放任など、由々しき事態も収拾されるだろう。
あまり考えずに書きなぐっているので、要点が不明になりつつあるが、要は、漫画を、日本を代表する一つの文化・娯楽・芸術として捉え、数多くの作品の中から、せめて自分が読んだものくらいは、きちんとレビューしたいと思っているのである。 それ故これからも更新率の向上は望めないが、のんびりと更新を待っていただき、コメントの一つでも書いていただければ幸甚である。
ライフワークとしては成功、漫画としては・・・?
私は心の底から手塚治虫を尊敬している。 理由を挙げれば限が無いが、やはり今日ある日本の漫画文化を築いた人であるし、作品が後世に与えた影響はもはや漫画界だけに留まらないからだ。 そんな手塚治虫も劇画ブームに押され“過去の人”になりつつあった。 そんな作者に死に水を取らせてあげようと少年チャンピョンが5回のみの連載枠を用意したのがこの作品が生まれたきっかけだ。 そして作者は再び漫画界に返り咲いたのである。初めて読んだとき、子どもだったので非常に難解であった。 特に難しい病気の話が多かったのとグロテスクな手術シーンが印象的で、そこまで嵌らなかった。 一話読み切りということもあって、途中で中断できることも嵌らなかった要因の一つかもしれない。 だが、歳をとるにつれて、徐々にこの漫画のおもしろさを知るようになった。 それは病気や手術よりも、その話の内容にである。 読み切りなので好きな話嫌いな話があるが、個人的には動物、BJの過去、主要キャラの話などが気に入っている。 中でも一番印象に残った話・・・
『されどいつわりの日々』
・・・あらすじ、ある日掃除をしていたピノコが家の軒下に猫の親子がいるのを見つけた。 子猫の一匹が怪我をしているようで、母猫が必死に傷を舐めている。 ピノコとBJが猫を治療するために捕まえようとするが、猫は激しく抵抗する。 そんな時、BJの元に某芸能プロダクションの社長と若い女性が訪れた。 その女性を人気アイドルと同じ顔に整形してほしいというのだ。 その人気アイドルは事故に合いアイドルとしては再起不能になってしまったという。 芸能プロの社長はアイドルの スケジュールがキャンセルになると、何億もの損害になってしまうので、身代わりを立てるためにやってきたのだ。 BJは身代わりになることを引き受けた女性を説得して(脅して)家に帰し、アイドル本人を手術し成功する。 アイドルは治ったはずなのに全く身体が動かないという、そんなことはない、とBJは必死にアイドルを叱咤するが彼女は「どうせ私はだめです」と弱音を吐くばかり。 どうも直りたいという気持ちがないようだ。 その間にも猫の母親は子猫を舐め続ける。 BJは彼女を抱きかかえ、軒下の猫を見せようとした。 猫が憤慨し飛び掛ろうとすると彼女は驚いてBJにしがみつく。 彼女の病気はヒステリーの一種で所謂 “甘え” だ、とピノコに話し一段落したと肩をなでおろすBJ。 だが、すぐにアイドルは自殺してしまう。 彼女が起こした事故は自由になりたいために技と起こしたものだった。 過度のスケジュールにより束縛された人生に悲観しての自殺だった。 BJは言う「バカヤロウ。俺はなんのために助けたんだ!!」
ピノコが軒下にいた猫が歩いているのを発見する。 治療を受けなくても、母親が舐めただけで子猫は怪我を治した。 それを知ったBJは苦悩する。
医者の存在意義というか、人を治すのは医療技術だけじゃない、世の中の不条理みたいなものをこの数ページに非常に上手くまとめている。 冒頭に出てきた猫は単なるオープニングではなく、実は物語の主軸であった。 生きる意志のあるものと無いもの、正に病は気からとでもいうべきか、「生きたい」という強靭な意志があれば、医療を施さなくても治ってしまう。 医者は何のためにいるのか、自信も医者である作者だから描ける話だ。
BJには、たまにこのようなBJの無力さを表すような話がある。 そこに作品をマンネリ化させない工夫があると思う。
話は毎回、様々な病気や医療技術の紹介がほとんどであるが、どれも天才手塚治虫の才能を存分に発揮しているといっていい。 作者の死後も漫画史に残る不朽の名作として、アニメ化はもちろん、ドラマ化、映画化もされた。
手塚治虫のライフワークとしては大成功だ。 だが、冷静に話を読んでみるとどうだろう?
どうしても気になる点がある。 それは、度を越えたヒューマニズムだ。 BJは口癖のように「医者は神じゃないんだ」というが、医者としての才能だけでなく慈善行為も多い彼は、まるでキリストと見紛うほどの超越した存在だ(何度も九死に一生を得ているし、、、)。 金持ちや政治家は悪、貧乏人や労働者は善、として極端な対比を描くことも多い。 一度そのことが気になってしまうと、なんと似たような話の多いことか・・・。
熱烈なファンに怒られそうだが、私にとってはBJは、手塚作品の中でもそこまで最高な作品ではない。
読みきり作品なので、仕方ないと言えば仕方ないが・・・。
職場が変わり、忙しくてなかなか更新できない・・・。
とはいえ、漫画は相変わらずの数は読んでいるのだが・・・。
たぶん麻生さんと同じくらい?
パクリではない、パロディである
アニメにも映画にもなって、ノリに乗ってるこの漫画。 漫画よりも、アニメのほうが知名度は高いように思える。 当初はほぼ同じ設定でスタートしたが、現在は完全に分岐され、それぞれ独自の路線を歩いてしまっている。近年はあまり見かけなくなったキャラクターモノで、日常生活に突如として現れたドラえもんを思い出されるが、ドラえもんのように世間一般には公認されず、一部の人間以外には見えない、という設定になっている。
母と姉、弟の三人家族に、宇宙人であるケロロ軍曹が侵略しに家の中に潜入していただが逆に捕まり、それ以来一家の居候として家事手伝いをしながら生活し、それを取り巻く個性的キャラクターたちが繰り広げるドタバタコメディである。 始めはケロロ軍曹だけだが、総勢5名のバラバラになった仲間がおり、後に5人全てが合流する。基本は一話読切。
この漫画の最大の特徴、それは様々な漫画やドラマのパロディが登場することである。 それは、大仰して出てきたり細かなネタとして出てくることもある。 中でも、超有名作品、ドラえもん、ガンダム、新世紀エヴァンゲリオン、ドラゴンボールなどが多い。 ある作品が他の作品に似ていることは珍しいことではなく、中には一歩間違えれば盗作ではないかと思わせるような作品もある。 本作品では、逆に元ネタを思いっきり出し、パクリを超えてパロディとして公認されている。 読者はそのパロディの元ネタに気づくと、得意になれる(特に私のような漫画フリークには・・・)。 特にガンダムは30代~40代の男性には未だに根強いファンが多く、子供向けの画風でありながら、大人にも楽しめる内容になっている。 月刊少年エースというやや青年向けの雑誌で連載されているため、小さな子どもが漫画を読むことはあまり無かったと思うが、アニメ化により子どもが読む機会が格段に増えたため、内容が幼稚化していった。 親が30代~40代で、子どもが~10歳の家族には、ちょうど良いアニメなのかもしれない。
たくさんのパロディとマニア向けのネタばかりが目に付き、物語自体はあまり評価されていないように思えるが、話はそこまで悪くないと思う。 矛盾点は多いが、ギャグ漫画としてはなかなかの質を持っていると思う。 ただ、アニメ化により表現の幅が狭まったことは明白で、特に映画は明らかに低年齢層に媚びた内容になってしまった。 メディア化により原作がその影響を受けてしまうことはよくあることで、この漫画はキャラクター人気に火がついてしまったので、より道徳的な内容に変化していってしまった。
だが、それはそれで、ギャグ漫画であるが故に、許されることであり、マンネリ化してきてはいるが、今後もこち亀のようにだらだら続いていってもそれはそれでアリだと思う。