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今までにない三国志の捉え方。Neo三国志の名に相応しい巨編。
これまで、三国志といえば吉川英治であり横山光輝であった。
そして他にも数々の三国志を題材にした漫画が発表されたが、
そのほぼ全てが『三国志演義』である。
三国志に明るい人には説明するまでもないことだが、
知らない人のために簡単に説明してみる。
三国志とは中国のおよそ180~230年(後漢~晋)までの間に起こった
三つの国の争いの歴史である。
三つの国にそれぞれ君主が統治しており、そこに仕える武将や軍師達など
戦乱の世に生きた多くの人々について人物ごとに書かれている。
ところが、この『三国志』には『三国志正史』と呼ばれるものと『三国志演義』と呼ばれる
二種類の話が存在する。
それぞれの詳しい説明はここでは割愛するが、
正史=事実、演義=作り話、 という見方が一般的である。
(だが、正史の著者の当時の立場を考え、全てが真実ではないという見方もある)
そして、今まで日本人が読んできた数々の小説や漫画は、全てこの『演義』の話なのだ。
この『正史』と『演義』には大きな差がある。
演義を読んだ後に正史を読むと、演義の中で大活躍しているカッコイイ武将も、
正史では名前がちょろっと出てくるだけで全然影が薄い・・・なんてことはよくある話だ。
また、演義はかなり偏って書かれてあり、三国の中でも “蜀”(国の名前)を中心に書かれている。
そして、三国の中で一番力を持っていた “魏”が敵、という図式になっている。
蜀の君主(劉備)=善、魏の君主(曹操)=悪 という筋で話はほぼ一貫している。
小生がまだ子どもの頃、ファミコンで三国志をやっていた子どもは、みんな劉備やその配下の武将が
大好きで、取り合っていたのを覚えている。
そんな三国志=三国志演義の風潮に、一石を投じたのがこの漫画である。
原作者は曹操を主役として、三国志正史に基づき話を創作している。(正史に忠実なわけではないが・・・)
この漫画が出てからというもの、それまで見向きもしなかったような
魏の武将や軍師の人気は大幅にあがったと思う。
コーエー(三国志のゲームを出している会社)の三国志では、それぞれの武将に知力、武力、魅力、などの数値をつけているのだが、この漫画が出てからというもの
魏の武将の評価は一気に上がっていた。
私は、作者の描く曹操像よりも、董卓像のほうが興味深かった。
今まで、賄賂大好き、善意なし、水戸黄門に出てくるような悪代官そのもの、という董卓しか見たことがなかったので、この漫画の董卓をみたときは衝撃的であった。
この漫画に出てくる董卓は非常に残忍であることは同じなのだが、自分の中に確固たる天下人の自信を持っている。
董卓は悪として後世に語り継がれるだろうが後世を心配することに何の意味があるのだろうか?
自分はいまここに天下人として生きている、これが今の天下の全てである。
つまり、善も悪も超えた存在が真の王となれる、と董卓は言うのである。
あまりのスケールの大きい董卓に、身震いしたくらいだ。
ここに原作者の歴史の捉え方が非常によく現れていると思う。
何が善で何が悪なのか、三国志という話を通して私たちに問いかけているのかもしれない。
この漫画自体は三国志を知らない人には少々理解が難しいかと思われる。
なぜなら登場人物が非常に多いからである。
三国志をよく知る者ならば、歴史の流れも登場人物も、ほぼ把握しているので
なんら抵抗はない。
そう、三国志は知っている者と知らない者とでは0と100の差があるのだ。
原作と漫画は別の人であったが、原作者は連載途中で他界。
その後、漫画担当者がそのまま連載を進めていった。
ところが彼は三国志は全くの素人だったらしく、途中から話のテイストにやや変化が見られる。
(しかし、自ら三国志を勉強したらしく、曹操が死ぬまで書き上げた。)
また、蒼天航路は曹操を美化しすぎている点があることも否めない。
三国志は歴史が古すぎて何が真実かわからないので、捉え方は人それぞれ自由であるが、
少々“魏”に偏りすぎている。
三国志には個人の好みが別れるので、蜀好きな人からは批判されることもあるだろう。
だが、これらを全てひっくるめても、この漫画の評価は高い。
それは三国志を新しい観点から表現したから、という理由だけではなく、
画の質、コマ割、迫力のある戦闘シーンなど、
漫画という視点からみても完成度が高いからだ。
子どもが見れる漫画ではないが、大人になってからも十分楽しめるのが三国志。
知らない人は是非三国志を勉強してみてはいかがだろうか。
アンチテロリズムにかける女達の情熱
1990年代にヤングアニマルで連載されていたアクション漫画。
テーマはアンチテロリズム。
軍隊と同じような民間組織(一応会社)に属する女性部隊が
あらゆるテロリストと世界中で戦うストーリーである。
(話の本拠地はアメリカ)
テロリストに愛する夫と子どもを奪われた主人公は、
テロリストと戦うべく、CAT(カウンターアタックテロリズム[会社名])に入隊する。
そこで彼女をコマンダーにする個性的なメンバー達の戦いを描く。
だいたい3話~7話くらいまでの読みきりである。
全15巻。
この漫画のおもしろいのはキャラクターで、
主人公は日本人(推定26~8歳)で、他のメンバーもアメリカ人、ドイツ人、ロシア人、
中国人、など様々。
さらにそれぞれ得意分野があり、ヘリを操縦するもの、狙撃を得意とするもの、
爆弾処理を専門にするもの、などである。
メンバーの一人をピックアップした話もある。
ほぼ全ての話はテロが軸にあるが、そこにメンバー間に起こった問題や
個人が抱える悩み、トラウマ等を絡めて一つの話を構成している。
メインテーマは主人公とメンバーの信頼関係。
話の舞台はアメリカなので、主人公も純粋日本人だが、アメリカ国籍でありアメリカ人として生活している。
主人公のキャラクターは曖昧に見えてしっかり出来上がっている。
軍隊にいるかのように銃をバンバン撃つような仕事だが、
いいとこ出のお嬢様で、言葉使いや生活態度は上品、
おっとりしているように見えてかなりの切れ者で、たまに感情的になる。
その相反する要素がうまく混在している。
主人公のキャラが強すぎず、うまく周りのキャラクターと相互に引き立つようになっている。
1990年代の作品なので、米同時多発テロより以前の作品だが、
(結果的にだが)この漫画は早々と警鐘を鳴らしていたのかもしれない。
また、日本人のテロに対する認識の甘さも皮肉っている。
98年の長野オリンピックにあわせて、日本の警察に対テロ講習を指導しにいく、という話があるのだが、
余りにも平和ボケしている日本の警察にガッカリする、という内容だ。
この漫画では、テロリストとわかった瞬間になんのためらいもなく殺す。
作者がどれだけ取材をしたのかはわからないが、実際テロリストに対抗するためには
それだけの心構えが必要ということだろう。
漫画のコマ割やアクションの流れは、『シティハンター』や『ガンスミスキャッツ』と共通するところが見られる。
映画のようなフローで読んでいてハラハラすることも多い。
スカッとした爽快感を味わいたいときにお勧めする。
下手な小説より面白い
浦沢直樹の代表作である。
この手の漫画は極たまに毛嫌いする人もいるが、大半の人に好感を得やすい。
話のジャンルはサイコ・サスペンス。
そこに、東西冷戦時代の政治的要素も加わって、物語の難易度は少々高め。
浦沢直樹の同系の作品では『20世紀少年』 『PLUTO』等があるが、どの作品も共通しているのは、“すべての道はローマに続く” だ。(ちょっと違うか・・・)
話の筋は一貫しているが、次の項に移るとふっと前項とは関係のない話から始まったりする。
「あれ?いきなり話が飛んだぞ?」と思って読み進めていくと、後々話が繋がるという仕組みだ。
また、一巻の一つの話にしか出てこなかった脇役キャラが、ずっと後になって再び登場したり、主要キャラの、主人公とは別の時間軸での話が、忘れた頃に出てきたりする。
登場人物はかなり多いが、しっかりと管理されている。
学生のころ、古典の先生が「源氏物語のすばらしさは、登場人物が桁はずれに多いのに、辻褄が合わなくなるようなミスがないところだ。」と言ったことを思い出した。
例えば、既に死んだはずのキャラを、後々忘れて登場させてしまったとき、「実は死んだと思っていた彼は生きていたのである」 のように誤魔化して、筋をおかしくしてしまうような失態がないということである。(意図的な場合を除く)
また、浦沢直樹は個々のキャラを大事に扱うので、主人公の占めるウェイトは他の漫画に比べるとだいぶ少ないが、たとえ主人公が一つの話に全く登場しなくても、(大げさにいうと丸々一冊に登場しなくても)飽きることなく、違和感もない。
言い換えると、脇役を使っての話の盛り上げ方が巧いのだ。
ベルリンの壁崩壊前の東ドイツのことは、誇張した部分や、歴史誤認と思われる箇所もあるだろう。
しかし、さすがに作者も取材に限界があったと思うし、こと細かく言いすぎるのは少々酷である。
日本人の漫画家が、海外を舞台に話を構成するのは、容易なことではない。
同作品は、世界中で(ドイツでも)高い評価を得ており、ハリウッドでは映画化もされる。
世界に誇れる日本の漫画だといっても良い。
F1にかける情熱
本作品はビックスピリッツコミックスで連載されていた。
F-1ドライバーを題材にした漫画だ。
画は決して綺麗ではなく、少し下品な内容もあるため、女性ウケは悪いと思う。
F-1を扱った漫画だが、メインテーマは主人公と主人公を取り巻く人々達のヒューマンドラマである。
F-1はそのための道具というか、狂言廻しのような役割になっている。
話の流れや雰囲気は『明日のジョー』に似ていると思う。
物語の前半では、力石に似た存在も出てくる(というか力石に似てる)。
作者は影響を受けていると思う。
決して悪い意味ではない。
『明日のジョー』もそうであったように、レースで勝っても“幸福感”がない。
常に虚しさが残る。
読んでいて決してスカっとする漫画ではない。
どちらかというと陰鬱な気分になる。
読んでいる時は、途中まで気づかないのだが、全体的な内容は暗い。
だが、話の進め方は読んでいて飽きない。
読むのに根気のいる漫画だが、最後まで読まないわけにはいかなくなる。
なかなか内容の濃い話の構成である。
少年漫画ではないので対象年齢は高校生以上である。
性的なシーンも多少登場する。
続編もあるが、まだ読んでいない。
また、アニメ化もされたようであるが、残念ながら見たことがない。